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広島地方裁判所 昭和48年(ヨ)139号 決定

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

事実及び理由

第一、申請の趣旨

相手方らは別紙第二目録記載の土地上に二階を超える建物を建築してはならない。

第二、申請の理由

一、申立人らは広島市本川町三丁目一番地三所在の一一階建共同住宅(シーアイマンション広島及び大之木建設株式会社共同ビル。以下シーアイマンションという。)の三ないし六階に居住し、各区分所有権を有する者である。申立人らの各居室は、日照・採光・通風をとり入れるよう南東方向に窓を設けている。

二、相手方日焼忠雄はシーアイマンションの南東方向に隣接する別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という)上に、右境界から約五〇センチメートル離して五階建鉄筋コンクリート造共同住宅(高さ地上14.4メートル、延べ面積1,023.178平方メートル、以下、本件建物という。)の建築を計画し建築許可を得て相手方上野谷建設株式会社に請負わせた。

三、本件建物が建築されると、その高さはシーアイマンションのほぼ七階の中心位までとなり、相互の建物間隔は地上で0.85メートル三階部分で1.8メートル位である。従つて申立人らの居室には冬至時は全く日が当らず夏至時でも極めてわずかの時間しか日照・採光が確保されないこととなり一年中電灯をつけなければならなくなる。これは申立人らの健康な生活を営む人格権を侵害するものであり、いわゆる隣人の受忍義務の程度をはるかに超えるものである。

四、また、本件建物が建築されると申立人らが各所有するシーアイマンションの専有部分の建物は大幅に価値を損なわれ、所有権を侵害されることとなる。さらに、シーアイマンションと本件建物の間に時として異常な風の吹きだまりや逆風現象が発生し、申立人らの窓壁・ベランダ等に予想外の被害も生ずるおそれがある。

五、相手方上野谷建設株式会社は、昭和四八年三月末頃から建築予定地の整地にかかり建築に着手した。このまま建築工事を続行されると申立人らは回復し難い損害をこうむるので本申請に及んだ。

第三、当裁判所の判断

一、本件に顕われた疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。

(一)  申立人ら居住のシーアイマンションと相手方らが建築工事中の本件建物との位置関係について

申立人ら居住のシーアイマンションは広島市本川町三丁目一番地三地上に存する一一階建の高層マンションであり、申立人らは右マンションの三階ないし六階の各区画を所有者伊藤忠商事株式会社(以下伊藤忠商事という。)から分譲を受け(販売は、伊藤忠ハウジング株式会社が担当した。)その居住の状況は別紙第一図面記載のとおりである。相手方日焼が施主として相手方上野谷建設株式会社(以下相手方上野谷建設という。)が建築工事中(最終審尋期日の段階においては一階仮枠工事中で後記のとおり五階建の予定)の本件建物は右シーアイマンションの南東側に接し両者の位置関係は別紙第二図面記載のとおりである。

(二)  シーアイマンション及び本件建物の所在する地域的特性について

本件建物等の所在地の広島市本川町三丁目一番地は、同市の中心部近くに位置し、付近は商業地域、準防火地域に指定されており、同市企画局編集の広島市総合計画書およびその別冊の広島都心基本計画書によれば、本川町地域は将来高層住宅地域として発展することが予定され、現在の都市計画は右基本計画にもとづいて進められている。

同所付近は、会社事務所、商店、小規模な木材、鉄工関係事業所などが多く集まつた地域であり商業活動が活発であるうえ付近には一〇階程度の高層ビルの建築中一建築予定一がある。

(三)  シーアイマンションの建築経過特に相手方日焼との交渉経緯について、

シーアイマンションは伊藤忠商事を事業主とし、大之木建設株式会社(以下大之木建設という。)がその建築にあたつたもので、昭和四六年八月下旬に工事に着工した。着工に先だち、大之木建設は付近住民に対し建築説明会を開いたところ(同社は伊藤忠商事の現地窓口となつていた。)、席上、相手方日焼は、かねてより本件土地上にビル建設の意向を有していた(同人は自己経営の木材業が思わしくなかつたため、固定収入を得ることを意図していた。)ため、大之木建設に対し、シーアイマンションの位置が、本件土地の境界から一〇センチメートルしか隔つていないこと、マンションの窓が本件土地に面していること(同人としては、マンション住民より見下される関係になること、自己のビル建設により、日照権などをめぐつて紛争が起こることを虞つたものであつた。)について設計変更を申し入れた。

これに対し伊藤忠商事は、境界からの距離については壁心より五〇センチメートル(外壁より三五センチメートル)とることとしたが、窓を別方向にとるなどの設計変更については、採算に合わないとの理由でこれに応じなかつた。

そして、さらに、相手方日焼の本件建物建設の意向については、シーアイマンションは採光、通風の点を考慮して設計してあるので、将来、境界一杯に等高の建物を建築しても支障はない旨を言明した。なお伊藤忠商事はその頃シーアイマンション北西部に隣接する二階建物居住者に対しその要求に基づき日照阻害に対する金銭補償をなしている。

昭和四七年三、四月頃(当時シーアイマンションは八階より上層のコンクリート打ちにかかつていた。)、相手方日焼は伊藤忠商事に対し、将来、シーアイマンション居住者との間で紛譲が起きぬよう、同マンション購入希望者に対し本件建物が建築予定である旨周知させるよう、また、もし問題が起きたときは伊藤忠商事が責任をもつて解決するよう申し入れたが、同社はいずれもこれを拒否した。そこで相手方日焼は、同年五月二〇日頃本件建物の敷地上5.6メートルの高さに畳一枚大の看板でビル建築予定であることを公示した。

シーアイマンションは同年七月下旬大之木建設の施工により建築完成したが相手方日焼は同年一〇月当初の予定に従つて左のような内容の本件建物の建築確認申請を提出し、一一月一〇日その確認を得、翌年四月、相手方上野谷建設が工事に着手した。

構造 鉄筋コンクリート造五階建

建築面積 205.579平方メートル(敷地面積309.086平方メートル)

高さ 14.4メートル(屋上の一部に設置される塔屋を含めると18.2メートル)

用途 賃貸アパート(一階は駐車場、二階から五階まで各四戸づつ)

なお本件建物を設計についてみると建築基準法その他の法規違反はない。

本件建物から北西側境界線までの距離は約八〇センチメートルである。本件建物の南東側には相手方日焼の居宅および倉庫が存するため、本件建物をさらに南東に向けて移動することは不可能な状況である。

(四)  本件建物完成後における申立人らの日照通風の障害について

申立人らは別紙第一図面記載のとおり居住しているがB、C、D区画は、本件建物に面する東南方向よりのみ採光する。その外A2区画は南西方向に、E区画は北東方向にそれぞれ窓を設けている。

本件建物がシーアイマンションにそそぐ日照をさえぎる状況は別紙第三図面のとおりであり、いま、これを最も障害の大きいと認められる三階居住の申立人らについて検討すると次のようである(冬至における状況)。

申立人吉藤ルリについては

自ら居住するシーアイマンションの庇等の障害により現在でも日照は午前一〇時過ぎまでであるが、本件建物が建設されると終日日照を享受しえなくなる。

申立人峠哲哉については

前同様自己ビルの影響により午後二時頃には日影となるが本件建物が建設されると、午後一時頃まで日照が奪われるため、一時間程度わずかの面積に日照を得るのみとなる。

申立人近藤太郎一については

現在、午後二時頃まで日照があるが、本件建物により午後二時頃、わずかの面積に、わずかの時間日照を享受するのみとなる。

右の状況は、春秋分時においても、いずれも、やや改善されるに過ぎない。

さらに、申立人らは、A2区画に居住する者で約1.15メートル、その余の者で約2.1メートル(ベランダを含めて)離れて本件建物がそそり立つため採光通風の面でも相当劣悪な状況に置かれ、心理的にも圧迫感を覚えることが予想される。

なお四階に居住する申立人らについても事情は略同様である(春秋分時にはやや軽減される。)が五階居住者については障害は少くなり、六階居住者の受けるそれは軽微である。

(五)  本件建物の設計変更の可能性について

本件建物の階数を減ずること、および、両端の一区画づつを減ずることは設計上可能であるが、本件建物の最上階を一階削減してもシーアイマンション三階に居住する申立人らについて日照通風等の環境は格別に好転せず、また、最上階の両端を削減しても、朝と夕方の短時間申立人らのうち一部の者の日照通風等の障害が軽減されるのみである。また、本件建物のシーアイマンションに面した部分に斜線制限を設けることは相手方に対し建築間取の関係で最上階を削減すると同様な結果を与えることになり更に最上階の一端の区画を削減することは建築の平衡を保つ点から考慮すれば構造上不可能である。

(六)  以上疎明事実に基づく判断

1  およそ、日照通風等は隣接地上を経てこれを享受しうるものであるから土地の高度利用の結果は必然的に隣地の日照通風を阻害する結果となる。而してこの日照通風は日本の伝統的な住宅様式にとつては必要欠くべからざるものであつて居住者の健康に多大な恩恵をもたらすものである。これらの点を考慮すれば右自然の恩恵を享受しうる利益については相隣関係に類似した調整の法理が働くものとみるべきである。

2  右法理は、地域性、住宅様式および隣接当事者間の特別な関係など諸般の事情により妥当する範囲程度を異にするが、具体的条件下において支配する右法理を著しく逸脱して隣接地居住者の前記利益を奪う建築についてはこれが差止めないし補償を求めうるものというべきである。

3 ところでこれを本件について検討するに前記のように、伊藤忠商事はシーアイマンション建築に先だち、相手方日焼より本件建物建築の意向およびそれに伴なう日照阻害の問題を告げられたにもかかわらず、これを無視し本件建物の建築には何ら支障がない旨の言質を与えている。前記のとおり伊藤忠商事自体シーアイマンションにより日照等を奪われた北西側隣接地住民より補償を求められているのであつて将来本件建物完成によりシーアイマンション居住者が受くべき日照等の障害については充分に予期しえたと考えられるし、シーアイマンションの各区画の分譲を受けて同所に居住することになつた申立人らとしても、分譲を受けるに当り、その敷地の南側の境界を確め、本件土地との位置関係を知ることは当然期待されてしかるべきである。また、前記の経緯に鑑みれば、申立人らにおいて、伊藤忠商事や、相手方日焼らに本件土地の利用について問い質すなどの注意を払えば容易に現在の事態を予見しえたというべきであり、ことに、一部の申立人については、前記表示を見ることができたのであるからなおさらのことといわねばならない。

従つて、相手方の本件建物建築工事が伊藤忠商事、更に申立人らに対する関係において日照通風等阻害につき不法性の高度な権利濫用行為ということはできない。

しかもシーアイマンションの如き一一階建の近代的高層建物の居住環境は、我国古来の木造建物のそれと異り日照通風等の自然的恩恵の享受を多少犠牲にしてもなお快適な生活をなしうる人工的配慮が建築上施されかつ、高層建物居住者自身このことを承知して選択したものというべきであるから日照通風等自然的恩恵の享受が阻害される場合の救済については旧来の木造建物居住者とちがつて自ら限度があつてしかるべきである。

以上のほか前記のとおりシーアイマンション及び本件建物の所在する地域が商業地域で他にも高層建物が建築ないし予定されている環境を考慮すると、本件建物の建設が申立人らとの間の、前記日照享受調整の法理を著しく逸脱したものとみることは困難であり、相手方らの本件建物建築工事を全面的に差止めることが相当でないばかりでなく、本件建物の建築設計につき建築階数を五階建からそれ以下に縮少し、あるいは斜線制限をなす等の変更を施すことによつて特に相手方日焼の蒙る著るしい損害に較べて申立人らが受ける日照通風等享受の利益の増大は前記申立人らの立場に鑑み特段に評価すべきものとは認め難いので右のような設計変更を命ずるのも相当でないと認められ、結局申立人らとしてはシーアイマンションの分譲を受けた伊藤忠商事との関係で担保責任等の問題の生ずる余地があることは格別として相手方らに対しては少くとも本件仮処分によつて工事差止めを求めることはできないものといわねばならない。

第四、結論

よつて、本件においては被保全権利の疎明が充分でなく保証をもつてこれに代えることも相当でないと認めるのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(田辺博介 海老沢美広 広田聡)

第一目録 当事者

申立人 吉藤ルリ

外一七名

右申立人ら訴訟代理人

鈴木惣三郎

久行敏夫

相手方 日焼忠雄

右訴訟代理人 江島晴夫

相手方 上野谷建設株式会社

右代表者 上野谷精

第二目録

(一) 広島市本川町三丁目一番一二

宅地 199.14平方メートル

(二) 同町三丁目一番二

宅地 100.85平方メートル

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